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静岡地方裁判所 昭和43年(行ウ)9号 判決

原告 株式会社あづま荘

被告 熱海税務署長

訴訟代理人 野崎悦宏 外六名

主文

被告が原告に対して昭和四二年四月四日付でなした源泉徴収に係る所得税を金五〇、〇〇〇円とする納税告知処分を取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

(当事者の申立)

一、原告

「(一)被告が原告に対して昭和四二年四月四日付でなした源泉徴収に係る所得税を金五〇、〇〇〇円とする納税告知処分および法人税額を金一、六三〇、九〇〇円とする法人税更正決定はいずれもこれを取消す。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告

「(一)原告の請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(請求原因)

一、原告は、昭和四二年二月一三日、昭和四〇年一一月一日から同四一年一〇月三一日までの原告の事業年度分法人税について、法人税なしと確定申告をした。ところが被告は、これに対して昭和四二年四月四日付で法人税額を金二、〇七〇、八二〇円とする更正決定をなし、あわせて源泉徴収所得税として金三、〇〇五、一七四円を納付すべしとする納税告知処分をなした。そこで原告は、同月七日被告に対して右各処分について異議申立をなしたところそれに対して被告は、同年六月二九日付で被告の異議申立のうち一部を認容して法人税額を金一、六三〇、九〇〇円あわせて源泉徴収所得額を金五〇、〇〇〇円とし、その余の異議申立を棄却する旨の決定をなした。これに対して原告は、さらに同年七月一〇日に名古屋国税局長に対して審査請求をしたが、同局長は同四三年四月三〇日付で右請求を棄却する旨の裁決をなした。

二、しかし、右更正決定および納税告知処分は次に述べる理由により違法な処分である。

(一)  更正決定について

1 原告は、旅館・貸間・喫茶・料理等を営むことを目的として資本金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて昭和三六年八月二三日設立された株式会社であり、設立後原告は、熱海市伊豆山一七〇番地において原告と同族関係にある訴外あづま不動産株式会社から同社所有の別紙目録記載の四棟の建物を貸借し、旅館営業を営んでいた。

2 ところが右建物の所在宅地の一部が静岡県起業一般国道一三五号線下田・小田原線道路改良工事の施行されるに伴い静岡県に収用されることになり、それによつて右建物もその一部を取壊さざるを得なくなり、原告は昭和三八年三月頃から旅館営業を停止するようになつた。そして、その後その補償について原告と静岡県との間で種々折衝がなされた結果右両者間に昭和四一年三月三〇日補償に関する契約が締結され、これに基づいて原告は同年四月二五日静岡県から次のような内容の補償金を受領した。

(補償項目)   (金額)

動産移転費   一四二、五六〇円

移転雑費    七八一、五六三円

休業補償費 六、二九二、〇五二円

立木補償費    三三、〇四〇円

以上合計 七、二四九、二一五円

利息      四八、六七八円

そして、原告は同年四月未日右賃借建物をあづま不動産株式会社に明渡した上、昭和四二年八月二五日株主総会の決議により解散した。

3 ところで、原告が右のように解散したのは収用建物の移転場所がないため、右建物の一部を取壊された場合、客室が四室残るだけとなり温泉旅館営業は廃業の止むなきにいたつたため解散したものである。したがつて、原告が受領した右補償金は建物賃借権、温泉利用権、温泉旅館営業権、その他建物附属物の所有権の喪失と旅館営業上の什器の運搬破損滅失とによる損害の補償であつて、租税特別措置法第六四条第三項にいう資産の収用等の対価たるものに該当し、同法第六五条の三第一項の規定により課税の特別控除を受けられるべきものであつた。しかるに、被告が右補償金について右規定を適用せずに本件更正決定をなしたのは違法な処分というべきである。

4 かりに、右補償金について租税特別措置法第六四条第三項の適用がないとしても、右補償金より次に述べる経費を旅館営業上必要な経費として控除して法人税を課税すべきであるのに、被告は右経費を控除せずに本件更正決定をなしているからその点でも右処分は違法である。

すなわち、昭和四〇年一一月一日から同四一年一〇月三一日までの原告の事業年度において、その所得より控除されるべき経費ないし損金としては次のものがある。

(借入先立替先支払先)(金額)(摘要)

城南信用金庫元金 三、〇〇〇、〇〇〇円 手形借入昭和三六年一二月以降書換手形

同利息 五〇六、九九〇円 自昭和三六年一二月至〃 四一年五月の利息

藤枝東治立替 二、〇八一、八三四円 自昭和三六年八月三〇日至〃 四一年四月三〇日  電話、水道、電気その他立替

〃営業貸 五〇〇、〇〇〇円 静岡銀行熱海支店

青木高治 三〇〇、〇〇〇円 旅館側私道舗装費

青木工業所 一二七、七八〇円 温水ボイラー設置

日本モーター工業KK 二四、三八〇円 自動車修繕費

坂本鉄工所 一〇二、〇〇〇円 自動車車庫シヤツター

青木高治 二〇〇、〇〇〇円 造作変更修繕費

足川温泉組合 二一二、〇〇〇円 温泉源地ボーリング工事分担金

〃 三七、五六四円 温泉維持費

〃 七、二二五円 〃

〃 四一三円 〃

自動車税 一四、〇〇〇円

足川温泉組合 三、〇〇〇円 温泉維持費

〃 四五、〇〇〇円 温泉源地の修繕費分担

合計 七、一六二、一八六円

右はいずれも原告が設立されて以来昭和四一年四月末日までの間に原告が営業を継続していく上に必要だつた経費であつて、その一部は第三者が立替て支払つてくれたものであり、残部は借金として残つていたものであるが、右補償金により、昭和四一年五月一七日以降において原告がすべて精算したものである。

(二)  納税告知処分について

被告は、藤枝東治個人が、弁護士松村恭一郎に対して静岡地方裁判所沼津支部昭和四二年(ワ)第二四七号営業妨害に因る損害賠償謝罪広告請求事件提訴の費用の前渡金として交付した金五〇〇、〇〇〇円につき所得税法第二〇四条第一項を適用して原告に対して金五〇、〇〇〇円を国に納付すべしと告知処分してきたが、右金五〇〇、〇〇〇円は右に述べた如く藤枝東治個人が交付したものであり、かりにそうでないとしても右金員は訴状作成貼用印紙代、送達料、旅費、日当、宿泊料等の費用の前渡金として原告が交付したもので、報酬または給与ではないから源泉徴収の対象とはならないというべきである。

(請求原因に対する被告の答弁)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、(一) 同第二項(一)、1、2の事実は認める。

(二) 同第二項(一)、3の事実は争う。

(三) 同第二項(一)、4の事実中、原告主張の立替金、借入金が損金であることは争う。その余は不知。

(四) 同第二項(二)の事実は否認する。

(被告の主張)

被告が原告に対してなした本件更正決定、納税告知処分は、いずれも次に述べるとおりなんら違法なものではない。

一、更正決定について

1  課税所得金額の内訳

(イ) 原告の確定申告における所得金額〇円

(ロ) 右申告所得金額に加除算した項目および金額

(加算の部)

補償金収入 七、二四九、二一五円

受取利息     四八、六七八円

以上合計  七、二九七、八九三円

(除算の部)

支払家賃    六〇〇、〇〇〇円

電気料      一二、〇五三円

電話料      一二、七七六円

水道料      一八、六六一円

温泉料      一三、三〇一円

支払利息    二六二、八〇〇円

弁護士報酬   五〇〇、〇〇〇円

什器売却損   八〇五、六〇〇円

以上合計  二、二二五、一九一円

差引申告所得金額に対する加算額

五、〇七二、七〇二円

なお右のうち家賃、電気料、電話料、水道料、温泉料は昭和四〇年一一月分から同四一年四月分までの六月分であり、支払利息は城南信用金庫からの借入金三、〇〇〇、〇〇〇円に対する日歩二銭四厘の割合による一年分の利息である。

2 原告は、右補償金について租税特別措置法第六四条による課税の特例の適用がある旨主張するが、右補償金については次に述べるとおり右規定の適用はない。

(1)  資産が土地収用法等の規定に基づいて収用され、補償金を取得した場合において同条の規定による課税の特例の適用を受けるためには、その補償金の額は名義の如何を問わず資産の収用等の対価たるものに限られるのであつて、収用等に際して交付を受ける移転料その他資産の収用等の対価たる金額以外の金額は含まないものであるところ、本件補償金は以下に述べるとおり、いずれも資産の収用等の対価たる性質を有するものではないから、原告は本件補償金について同条の規定による課税の特例の適用を受けることはできない。

(イ)  動産移転費、移転雑費

右は、土地の収用等によりその地上に存する建物等を移転する場合においては、その建物に蔵置する家財道具を移転しなければならないから、その家材道具等の移転に伴う費用及び諸雑費の補償として支払われるものであり、それは損失に対する補償であるから課税の特例の適用がない。

(ロ)  休業補償金

休業補償は、起業者が一定の事業を行つたことにより他人の事業を休止させた場合においてこれにより生じた得べかりし利益の喪失による損害をてん補するために支払われるものであつて、損失補償たる性質を有するものであるから課税の特例の適用がない。

(ハ)  立木補償金

立木補償は、収用した土地の上に立竹木がある場合においてその立竹木が移植の可能な場合においてはその移植に要する費用についての補償であり、移植の困難な場合においてはその伐木により生じた損失についての補償である。本件においては補償の対象となつた立木は、いずれも樹齢等からみて移植の可能なものであるから、本件立木補償金は損失補償であり、課税の特例を受ける補償金には該当しない。

(2)  また租税特別措置法第六四条第四項によれば、同条第一項の規定による課税の特例の適用を受けるためには、確定申告書に同条第一項の規定により損金の額に算入される金額の損金算入に関する申告の記載があり、かつ、当該確定申告書にその損金の額に算入される金額の計算に関する明細書その他大蔵省令で定める書類の添付がなされていなければならないこととされているところ、原告から提出された本件係争事業年度分確定申告書には、右所定の損金算入に関する記載がなされていないばかりでなく、所定の明細書その他大蔵省令で定める書類の添付もなされていないからこの点からいつても原告は本件補償金について前記課税の特例の適用を受けることはできない。

(3)  なお、原告は本件補償金は借家権や営業権等喪失の対価たるもので、資産の収用等の対価たるものである旨主張する。しかし、本件補償金は前述のように休業補償費および移転料であつて、資産の収用等の対価ではない。すなわち、本件国道改良工事に際しては原告が賃借していた旅館営業用の建物の再築費として、訴外あづま不動産株式会社に金二〇、六九六、一三五円の補償金が支払われており、原告は右建物が再築された場合、当然そこに入居することが予定されていたのであつて、本件補償金は右入居までの間の休業補償、および移転の際の移転料として支払われたものである。

かりに、本件補償金が原告主張のように借家権、営業権等喪失の対価であるとしても、現在のところでは借家権、営業権は独立して一般的に取引の対象とされるような資産性はいまだ社会的に認められておらず、税法上資産であるとはいえない。したがつて租税特別措置法の規定上からいつても資産ではなく、同条の適用を受けることができない。

そして、営業権の喪失についても、被告の調査によれば、原告が廃業届を出した後、原告の貸借していた設備は縮少されたが、その縮少後の設備を利用してあづま旅館(経営者訴外斉藤三男)が温泉旅館の許可申請を行い、昭和四一年一二月二四日許可されて依然として旅館営業をしている。

(4)  さらに、本件の国道改良工事は公共用地の取得に関する特別措置法第四条第一項の規定による特定公共事業の認定を受けていないし、また租税特別措置法第六五条の三第二項第一号による買取りの申出があつた日より六カ月以内に譲渡されなかつたのであるから、右条項の適用を受けるための要件を欠くものである。

3 原告は、また城南信用金庫借入金三、〇〇〇、〇〇〇円等の支払および訴外藤枝東治が昭和三六年八月二三日から同四一年四月までに支払つた立替金等も、昭和四〇年一一月一日より同四一年一〇月三一日までの原告の事業年度における損金である旨主張する。

しかし、法人税法における法人の各事業年度の所得金額は、当該事業年度の益金の額からその事業年度の損金の額を控除して計算することとし(法人税法第二二条第一項)、その益金の額に算入すべき金額は別段の定めるものを除き、資本等取引以外の取引にかかるその事業年度の収益の額であり、また損金の額に算入すべき金額は別段の定めがあるものを除き資本等取引以外の取引にかかるその事業年度の売上原価、販売費、一般管理費、その他費用の額(同条第二項)とされているのである。そして、右損金の額については、当該事業年度の収益にかかる売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額(同条第三項第一号)、当該事業年度の販売費、一般管理費およびその他の費用についてはその事業年度終了の日までに債務の確定したものを、その事業年度の損金としている(同項第二号)。

したがつて、原告主張の借入金三、〇〇〇、〇〇〇円、五〇〇、〇〇〇円の返済については損金とならないことは明白であり、電気料、水道料、温泉料等については、所定の支払期に債務は確定するものであり、当該係争事業年度の損金となるのは前述のように昭和四〇年一一月分より同四一年四月分の六月分である。また青木高治、青木工業所、坂本鉄工所、日本モーター工業に対する支払は係争事業年度以前になされたものであるから、当該係争事業年度の損金とはならず、城南信用金庫借入金の利息についても当該係争事業年度の損金となる利息は前記のように二六二、八〇〇円である。

よつて、原告の右主張も失当である。

二、納税告知処分について

原告は、昭和四〇年九月二五日原告会社監査役である藤枝東治を通じて弁護士松村恭一郎に対し五〇〇、〇〇〇円を支払つたがこれは本件補償に関して原告から静岡県を被告として静岡地方裁判所沼津支部に提起された損害賠償請求事件について、原告訴訟代理人としてこれに関与した同弁護士に対する弁護士報酬として支払われたものである。したがつて原告は所得税法第二〇四条第一項の規定により右支払の際所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月一〇日までにこれを国に納付しなければならないのに、原告はこれを納付しなかつたから、被告は昭和四二年四月四日付で原告に対して本件納税告知処分を行つたものであり、なんら違法な処分ではない。

(被告の主張に対する原告の答弁)

一、被告の主張第一項1の事実は認める。しかし、損金としては請求原因で主張したようにその他に加算されるべきものがあるのである。

二、(一) 同第一項2(1) の事実は争う。

(二) 同第一項2(2) の事実は否認。

(三) 同第一項2(3) の事実は争う。

(四) 同第一項2(4) の事実は否認する。

本件道路改良工事は特定公共事業である。

三、同第一項3の主張は争う。

法人税法第二二条第一項では内国法人の各事業年度の所得金額は当該事業年度の益金の額がら当該事業年度の損金を控除した金額が課税金額である旨を規定している。そして右規定の損金とは当該事業年度の損金と当該事業年度に精算損金が出た場合その精算損金とを含むものである。

四、被告の主張第二項は否認する。

〈証拠省略〉

理由

一、請求原因第一項の事実および第二項(一)の1、2の事実は、当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、原告には昭和四〇年一一月一日から四一年一〇月三一日までの間の事業年度において、合計金七、二九七、八九三円の所得が生じたことになる(原告の事業年度が右のように認められることは(証拠略省)によつて認められる)。

二、原告は、原告の右所得について、当時施行されていた租税特別措置法(以下単に法という)第六五条の三第一項(昭和三八年法律第六五号によつて追加され、同四〇年法律第三二号、三六号による改正を経たもの)に定める課税の特例が適用されるべきであると主張するので、その当否について判断する。

(一)  前記争いのない事実によれば、原告の右所得は、原告が旅館営業のため訴外あづま不動産株式会社から賃借して使用していた別紙目録記載の建物(以下本件建物という)が、その敷地の一部を静岡県が施行する国道一三五号線下田・小田原線道路改良工事(以下本件工事という)のため収用されることになり、一部取りこわされ、その結果原告も旅館営業の停止を余儀なくされ、所有物件を移転させられるなどの損失を蒙つたので、これに対する補償として静岡県から受領した補償金およびその利息であつて、その大部分が休業補償費という名目で支払われ、その他は動産の移転費用、収去させられた立木に対する補償ならびに移転に伴う諸雑費として支払われている。したがつてこれらの補償の実質をその名目のとおりに解する限り、それらはいずれも経費又は損失に対する補償であつて、資産の収用等(法第六四条第一項にいう)の対価とは認められず、原告主張のような課税の特例の対象とはならないものと言える。

(二)  しかし原告は、本件建物の取りこわしの結果、原告は右建物賃借権、温泉利用権、温泉旅館営業権、その他建物附属物の所有権を失つたと主張する(したがつて原告が前記補償金を取得したのは、その実質において法第六四条第二項(昭和四一年法律第三五条による改正を経たもの)第二号にいう、収用の対象とされる土地の上にある資産の損失に対する補償金の取得に該当するという趣旨に解される)のでさらに検討すると、〈証拠省略〉を総合すれば、あづま不動産産株式会社は藤枝東治から同人所有の熱海市伊豆山東足川一七〇番の二山林一畝歩、同所同番の三山林七歩、同所同番の五宅地一一坪九勺、同所一八六番の二宅地一一坪一合六勺、同所同番の八宅地五坪四合八勺の五筆の土地を、同人所有の熱海市伊豆山西足川一六〇番の一八鉱泉地一坪の二〇分の一の持分権およびこれに伴う温泉利用権と共に賃借し、右土地上に本件建物を建築所有し、原告はこれを旅館営業の目的で温泉利用権付の建物として、昭和三六年一二月一日から二〇ケ年の期間を定めて賃借し、旅館営業許可と共に温泉法第一二条所定の温泉を公共の浴用に供することの許可を得て、昭和三七年一月一日温泉旅館として開業したこと、昭和四一年に至り前記藤枝東治所有土地のうち東足川一七〇番の二山林一畝歩を除く外の四筆が本件工事用地として静岡県に買収され、本件建物も解体移築を余儀なくされたが、あづま不動産株式会社は静岡県から移転補償金合計二〇、六九六、一三五円を受領して、残余の賃借土地上に旅館営業用建物を再築したこと、右建物は本件建物より規模を小さくされたものではあるが、旅館営業許可を受けるに必要な客室五部屋を設備し得るもので、原告が右建物を利用して温泉旅館営業を続けることは十分可能であつたこと、しかし原告は開業以来の成績が思わしくなかつたことなどから、営業継続を断念し、この機会に廃業してしまつたこと、その後あづま不動産株式会社は右再築後の建物を訴外斎藤三男に賃貸し同人はあづま旅館という名称で営業許可を受け、現に温泉旅館を営んでいること、以上の事実が認められる。右認定に反し、温泉利用権が原告に帰属するという原告代表者の陳述は採用できない。外に右認定に反する証拠はない。

(三)  そうすると原告が本件建物の収去によつて、建物賃借権、温泉利用権、温泉旅館営業権を失つたという主張は、いずれも理由がない。すなわち、原告は本件工事によつて建物の一部が取壊されたため廃業のやむなきに至つたと主張するのであるが、建物は規模を縮小しながらも再築され、そこでは旅館営業が可能であり、現になされている。もつとも再築後の建物が従前の本件建物との同一性を保つものか否かは明らかではないが、仮りに同一性がないものとしても、原告とあづま不動産株式会社とが同族関係にあることは前掲証拠から推認されるところである(藤枝東治は現に原告代表者の地位にあることが当裁判所に顕著)から、原告が同社から再築後の建物を借受け、温泉旅館営業を続けて行くには、何らの障害もなかつたはずで、新たに権利金等のやり取りや家賃の値上げを必要とするような事情も認められないし、その他に原告が廃業を余儀なくされた事情の主張もない。結局原告が資産的価値のある建物賃借権を失つたということはできず、温泉利用権、旅館営業権等も、これらが補償の対象となる資産であるか否かを論するまでもなく、そもそも本件建物の収去によつて失なれたものとは言えないことが明らかである。また原告が以上の外に建物附属物の所有権を失つたとの点については、そのような事実を認め得る証拠がない。結局原告の資産喪失の主張はすべて理由がない(もつとも〈証拠省略〉には、原告が受領した補償金が収用の対象となる資産の対価であるような記載があるけれども、それが正確な表現でないことは、以上認定の各事実ならびに〈証拠省略〉によつて明らかである)。

(四)  このように原告が本件建物の取りこわしによつて原告に属する資産を失つたとはみられない以上、原告が取得した前記補償金は、すべてその名目どおり、休業補償費、動産等の移転費、その他移転雑費としての実質のみを有するものと認められ、原告主張のような課税の特例の対象となるものとは言えないからこの点に関する原告の主張は、その余の特例適用上の要件の存否について判断するまでもなく、理由がないものと言わなければならない。

三、次に原告の前記所得金額から控除すべき本件係争年度における損金の額について、被告は前記被告の主張第一項1記載の如く主張するところ、このうち什器売却損八〇五、六〇〇円については原告において右項目に計上すべき金額が、被告主張のとおりであることを、明らかに争わないから、これについては被告主張金額以上の損金が存在しないことを自白したものとみなす。

また支払利息については、城南信用金庫からの借入金元本金三、〇〇〇、〇〇〇円の債務が存在することは当事者間に争いがなくその利息が日歩二銭四厘の割合であることは原告の明らかに争わないところで、右割合による係争年度一年分の利息が被告主張の金額である二六二、八〇〇円となることは、計算上明らかである。原告はこの点につき本件係争年度以前である昭和三六年八月三〇日以降の利息も損金に含まれるべきであると主張するが、その理由のないことは明らかである。

原告は右三、〇〇〇、〇〇〇円の債務に関するもの以外に支払利息があつたことは主張していないから、結局支払利息として計上すべき損金額は、被告主張のとおり二六二、八〇〇円とすべきである。

次に被告は本件係争年度の損金となる家賃、電気料、電話料、水道料、温泉料として、昭和四〇年一一月分から同四一年四月分までの六月分を計上しているので、その根拠について考えると、原告が昭和三八年三月ごろから旅館営業を停止し、同四一年四月末日限り本件建物をあづま不動産株式会社に明渡したことは当事者間に争いがなく〈証拠省略〉によれば、原告は同日限り清算の段階に入り、所有の動産等をも処分してしまい、全く観念上の存在に帰し、家賃、電気料、電話料、水道料、温泉料等の支出をもはや必用としない状態に至つたことが認められる。

したがつて原告の本件係争年度の所得から損金として控除すべきこれら経常費の金額は、昭和四〇年一一月一日から同四一年四月三〇日までの間に支出された金額の合計となるところ、〈証拠省略〉によれば、原告が右期間に支出した電気料は一二、〇五三円、電話料は一二、七七六円、水道料は一八、六六一円であることがそれぞれ認められ、また〈証拠省略〉によれば、原告が足川温泉配給組合に対し通常支払つていた温泉料は年額二四、九八九円、温泉源地に対する固定資産税は年額一、六一三円、合計年額二六、六〇二円であることが認められ、これを前記の六ケ月間に割当てると半分の一三、三〇一円となる。

また〈証拠省略〉によると、原告あづま不動産株式会社に対して支払つた右期間の本件建物の賃料は一ケ月金一〇〇、〇〇〇円(当初の契約では三〇〇、〇〇〇円とされているが、清算に当つて右のように減額された)であり、したがつて合計六〇〇、〇〇〇円となることが認められる。

よつて以上の認定と一致する被告の右各科目に関する主張は正当である。しかるに原告はこれらの科目についても本件係争年度以前の分を含めて損金としているのであるが、その失当なことは前記のとおりである。

次に弁護士報酬については、〈証拠省略〉によれば、原告はこれを藤枝東治立替分の一部として損金に計上する趣旨であることがうかがわれるが、〈証拠省略〉によれば、その金額は被告主張のとおり五〇〇、〇〇〇円であることが認められる(但し後記のように報酬以外に実質をも含んでいる)。

よつて被告主張の損金額は、その主張の各科目に関する限り、いずれも正当とすべきで、その合計が二、二二五、一九一円となり、これを原告の前記所得金額七、二九七、八九三円から控除した残金が五、〇七二、七〇二円となることは計算上明らかであるところ、原告は被告主張の科目以外に請求原因第二項(一)の4記載の如き内容の損金があると主張する。しかしこのうち原告に対する城南信用金庫の貸金元本三、〇〇〇、〇〇〇円、藤枝東治営業貸五〇〇、〇〇〇円の各弁済が損金となるというのは、主張自体失当であり、藤枝東治立替金二、〇八一、八三四円については、〈証拠省略〉によつて見ると、このうち本件係争年度の損金として認めるべきものは、既に証拠によりその金額を認定した電気料、電話料、水道料、温泉料、弁護士費用以外にはないことが認められる。

なお〈証拠省略〉の記載によれば、これらの支出のうちで電話料の合計のみが前記認定の一二、七七六円をこえる一六、二一八円となるが、右記載は〈証拠省略〉と対比して信用できない。弁護士費用の記載は前記認定の五〇〇、〇〇〇円と一致し、その余の各支出金額は、前記認定金額をいずれも下まわつている。

原告が損金として主張するその余の支出については、〈証拠省略〉によれば、いずれも本件係争年度以前に支出されたものであることが認められるので、これらを損金に算入すべきであるという原告の主張は、すべて理由がない。

したがつて本件係争年度における原告の課税所得金額を五、〇七二、七〇二円とし、これにもとづいて法人税額を一、六三〇、九〇〇円とした被告の更正決定は正当であつて、その取消を求める原告の請求は棄却を免れない。

四、そこで次に源泉徴収に係る所得税の納税告知処分の取消を求める請求の当否について判断する。

〈証拠省略〉によれば、原告が昭和四〇年九月二五日、当時原告の監査役であつた藤枝東治を介して、弁護士松村恭一郎に対し、同弁護士が原告訴訟代理人として静岡県を相手取つて静岡地方裁判所沼津支部に損害賠償請求の訴を起すための報酬等にあてるものとして金五〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。原告は右金員は藤枝東治個人が支出したものであると主張するが、右主張にそう原告代表者尋問の結果は、〈証拠省略〉に照し信用しがたい。しかし原告代表者尋問の結果(右信用しない部分を除く)によれば、右五〇〇、〇〇〇円の中には、訴状に貼用すべき印紙や旅費その他の費用も含まれていることが認められ、五〇〇、〇〇〇円中のどれだけが報酬として源泉徴収の対象になるかを知り得る証拠はない。

そうすると右五〇〇、〇〇〇円全額が報酬であることを前提としてなされた納税告知処分は全体として違法であり、しかもそのうちどれだけの金額が正当な処分の対象となるべきかについては何ら立証がないことになるから、結局右納税告知処分の全部を取消す外はない。

五、よつて本訴請求中、法人税更正決定の取消を求める部分を棄却し、納税告知処分の取消を求める部分を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 水上東作 山田真也 三上英昭)

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